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福岡地方裁判所直方支部 昭和49年(ワ)22号 判決

原告

倉畑繁徳

ほか二名

被告

中谷保夫

ほか三名

主文

一  被告中谷保夫、被告中谷金吾、被告小田原清孝は各自、

1  原告倉畑繁徳に対し、金四、七九八、四五三円、

2  原告倉畑政喜、原告倉畑好江に対しそれぞれ金一八万円宛及び右各金員に対する昭和四七年三月二三日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告小田原清藤は原告倉畑繁徳に対し、金四、三四八、四五三円及びこれに対する昭和四七年三月二三日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告らのその余の請求を棄却する。

四  訴訟費用はこれを三分し、その二を原告ら、その余を被告らの負担とする。

五  この判決の第一、二項は仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求める裁判

(請求の趣旨)

一  原告倉畑繁徳に対し、

1 被告小田原清藤は金一六、六四三、五五四円、

2 その余の被告らは各自金一七、六四三、五五四円、

並びに右各金員に対する昭和四七年三月二三日から完済に至るまで年五分の割合による金員を、

二  原告倉畑政喜、同倉畑好江に対し、被告中谷保夫、同中谷金吾、同小田原清孝は各自右各原告に対しそれぞれ金五〇万円宛並びにこれに対する昭和四七年三月二三日から完済に至るまで年五分の割合による金員を、

それぞれ支払え。

三  訴訟費用は被告らの負担とする。

との判決及び仮執行の宣言。

(被告らの請求の趣旨に対する答弁)

一  原告らの請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

との判決

第二原告ら主張の請求原因

一  交通事故の発生及び傷害の程度

昭和四七年三月二三日午後二時頃、静岡県引佐町三ケ日佐久米四三三番付近県道上において、被告小田原清孝が原告倉畑繁徳同乗の普通乗用自動車を三ケ日方面から気賀方面に向け時速約四〇キロメートルで運転進行中、前方から対向進行してきた被告中谷金吾運転の普通乗用自動車と道路中央付近で衝突し、その結果原告繁徳は両眼強膜切創、右眼絶対緑内障、左眼続発生網膜剥離(交換性眼炎)の傷害を受け、同日から同年五月二〇日まで下井病院に、四月二三日から昭和四八年七月一〇日まで九州厚生年金病院にそれぞれ入院加療したが、右同日をもつて「右眼摘出失明、左眼視力手動眼前一〇センチメートル矯正不能」障害等級第二級の後遺症を残した。

二  責任原因

1  被告小田原清孝及び被告中谷金吾はいずれも前記交通事故現場道路が急カーブであるのに、前方をよく注意せず、又急カーブであるのにこれに適応した減速措置をとらず本件事故を発生させ、共同して原告繁徳に傷害を蒙らせたものであるから民法七〇九条、七一九条の責任がある。

2  被告中谷保夫は被告中谷金吾運転車両の保有者で本件事故当時自己のため右車両を運転の用に供していたものであるから自賠法三条の責任がある。

3  被告小田原清藤は被告小田原清孝の父であるが、当時自己の娘婿(訴外峯野政一)が家出し行方不明であつたので原告繁徳にその行方を探してくれるよう依頼し、同原告はこれに応じて目的地へ向う途中本件事故に遭遇したものであり、同被告は民法六五〇条三項、六五六条により委任者の賠償責任義務がある。

三  損害

(原告倉畑繁徳の損害)

1 喪失利益 一九、九七〇、五一七円

原告繁徳は事故当時有限会社坂田建設に熔接見習工として勤務し日給二、五〇〇円を得ていたが、昭和四七年四月一日以降熟練工として日給三、三〇〇円の支給が約束されていた。事故前三ケ月間の平均稼動日数は一ケ月平均二二日であつたから、本件事故がなければ、昭和四七年四月一日以降一ケ月平均七二、六〇〇円(3,300×22日)の収益を得られるはずであつた。

(イ) 入院治療期間中(昭和四七年三月二三日から昭和四八年七月一〇日まで)は全く就業できなかつた。

(ロ) 昭和四八年七月一〇日確定した前記後遺症の労働能力喪失率は一〇〇パーセントであり、原告は当時満一九才の健康な男子であつたから、就労可能年数は六三才まで四四年であり、その間の喪失利益はホフマン方式による中間利息を控除して金一九、九七〇、五一七円となる。

(計算式 72,600円×12×22,923(ホフマン系数)=19,970,517円)

2 慰藉料 四七三万円

本件受傷(入院及び後遺症)による精神的苦痛を慰藉するには金四七三万円を要する。

3 治療費等立替分 六八〇、五三七円

(イ) 治療費

下井外科病院に対する有料診療費 五〇〇、六三〇円

厚生年金病院に対する国保三割負担金一〇九、一〇七円

(ロ) 付添料

昭和四七年三月二三日から同年五月二〇日まで五九日間一日つき一、二〇〇円計七〇、八〇〇円

4 雑費 一四二、五〇〇円

入院四七五日間一日につき三〇〇円計一四二、五〇〇円

5 弁護士費用 一〇〇万円

以上合計金二六、五二三、五五四円

(原告倉畑政喜、同倉畑好江の損害)

同原告らは、原告繁徳の父母であるが、未だ若く将来に希望を託していた繁徳がほとんど全盲に近い重大な傷害を受け、同人の死亡にも比すべき精神的苦痛を蒙つた。これを慰藉するのに少くとも各自金五〇万円が必要である。

四  損害の填補

原告繁徳は自賠強制保険より五〇万円(前記下井外科病院の診療費に充当)及び八八八万円の支払を受けた。

五  結論

よつて、原告繁徳は、被告小田原清藤に対し前記損害中弁護士費用を除いた額から弁済額を差し引いた金一六、六四三、五五四円を、その余の被告らに対し、損害全額から弁済額を差し引いた金一七、六四三、五五四円を、又、原告政喜、同好江は、被告小田原清藤を除くその余の被告らに対し各自金五〇万円宛並びに右各金員に対する本件事故発生の日から完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

第三請求原因事実に対する答弁及び被告らの主張

一  事故の発生及び傷害の部位、程度について

(被告ら全員)

原告ら主張の交通事故が発生したことは認めるが、原告繁徳の受傷の部位、程度は不知。

二  責任原因について

(被告小田原清孝)

本件事故はもつぱら相被告中谷金吾の過失により発生したもので、被告清孝には責任はない。

(被告小田原清藤)

被告清藤が被告清孝の父親であることは認めるが、原告主張の準委任契約の締結は否認する。原告繁徳は静岡地方見物のため被告清孝と同行して浜松市に赴いたものである。

(被告中谷金吾、同中谷保夫)

1 被告保夫が被告金吾運転車両の保有者であることは認める。

2 本件事故について被告金吾に過失はない。すなわち、本件事故は被告小田原清孝運転の車両が突如センターラインを越え、被告金吾運転車両の走行線に侵入したため惹起された事故であつて被告金吾は無過失であり、同被告に賠償責任はない。

3 被告保夫保有の右車両には本件事故当時何ら構造上の欠陥又は機能の障害はなかつたから、同被告には自賠法三条の責任はない。

三  損害について

(被告ら全員)

損害発生の原告ら主張事実はすべて不知。

(被告小田原清孝)

1 原告の収入については本件事故当時の日給二、五〇〇円を基準に計算すべきである。

2 後遺症に関する慰藉料として原告繁徳は自賠保険から八八八万円の支払を受けているので、これを超えて別に慰藉料を請求するのは不当である。

3 原告繁徳は被告清孝の車両にいわゆる好意同乗していたものであるから、賠償額を減ずべきである。

4 被告清孝は事故当時無免許で車両を運転していたものであるが、原告繁徳はこの事実を知つてあえて同乗していたものであり、同原告にも重大な過失があるというべく、賠償額算定につき過失相殺がなされるべきである。

四  損害の填補について

(被告ら全員)

認める。

第四証拠〔略〕

理由

一  事故の発生と原告繁徳の受傷の部位、程度

原告ら主張のような交通事故が発生したことは当事者間に争いがなく、〔証拠略〕によると原告繁徳が本件事故によつて原告ら主張のような傷害を受けて治療をなし、昭和四八年七月一〇日「右眼摘出失明、左眼視力手動眼前一〇センチメートル矯正不能」の後遺症を残したことが認められる。

二  責任原因

1  被告中谷金吾及び同小田原清孝の責任

〔証拠略〕を綜合し、本件事故の原因ないし右各被告らの過失の有無につき案ずるに、本件事故現場付近道路は坂道で急カーブの状況にあり、事故当時雨天であつたのであるが、まず、被告小田原清孝については自車を左にカーブさせるに際し、減速措置をとらず又無免許運転による運転技術の未熟から自車を道路中央線を越えて対向車線に入らせ、直ちに自車走行線に戻つたものの再び中央線寄りに向けて進行させるいわゆるふらつき運転をしてほぼ中央線上で被告中谷金吾運転の車両に衝突させたもので、被告清孝には運転技術が未熟であるのに自動車を運転した過失があり、これが本件事故の一原因となつたものと認められ、次に、被告中谷金吾については、同被告の供述によると、被告清孝運転車両が自車走行線上に入つてきたのを認めたが、直ちに対向車線に戻つたので危険はないものと軽信し、自車をさらに中央線寄りに寄せた(右供述によれば中央線から二〇センチ位まで寄せたと述べる)というのであるが、被告金吾としては相手車がカーブをまがりきれず自車走行線に一旦入りさらに相手車走行線に帰るというふらつきの状態を認めた以上、事故の発生を防止するため自車を左側に寄せる(その余裕は充分あつたと認められる)なり、減速する義務があるものというべく、これら措置をとることなく自車をさらに中央線寄りに寄せ、ほぼ中央線上で相手車に衝突させた所為は右義務を怠つた過失に基因するものと認めるのが相当である。なお、同被告は衝突時自車が後方へ押し上げられたのは相手車が高速であつたためで本件事故はもつぱら被告清孝の過失によると主張するが、被告金吾本人尋問の結果によると、同被告は坂道を下るに際し、ギアをニユートラルの状態におき、坂道の惰性で自車を走行させていたもので、一方相手車は上り坂であるから当然ギアをエンジンと連結して走行しており、衝突時に被告金吾の車両が押し上げられたからといつて相手車がより高速であつたと断定することはできず、被告金吾の過失は前示のとおりであり右主張は採用の限りでない。

そうすると、本件事故は右被告らの過失が競合して惹起したものと認めるのが相当であり、右被告らはいずれも民法七〇九条の責任を免れない。

2  被告中谷保夫の責任

被告中谷保夫が被告金吾運転車両の保有者であることは当事者間に争いがなく、弁論の全趣旨から本件事故当時同車を自己のため運行の用に供していたものと推認できるところ、被告金吾の無過失を前提とする免責の抗弁は前示のとおり理由のないこと明らかであり、被告保夫は自賠法三条により原告らの本件事故による損害を賠償する義務がある。

3  被告小田原清藤の責任

〔証拠略〕を綜合すると、本件事故前浜松市に居住する被告清藤の娘婿が家出行方不明となり、被告清孝において同人を探しに行くことになつていたところ、たまたま被告清藤方に遊びに来た原告繁徳は、同被告及びその妻、被告清孝らから被告清孝と同行して右訴外人を探がすことを依頼され、これを承諾し、勤務を休んで浜松市に赴き、右訴外人を探索中本件事故に遭遇したものであることが認められる。ところで、民法六五六条が準用する同法六五〇条三項の損害賠償請求権が発生するためには受任者の無過失が要件であるところ、原告繁徳には後示のように本件受傷につき被告清孝が無免許であるにかかわらず同被告運転車両に同乗したという過失が認められるのである。しかしながら、本件事故の最大の原因は被告清孝の未熟運転にあり、同被告は被告清藤とともに一体となつて原告繁徳に前記事務を依頼した委任者の立場にあり、被告清孝の過失は委任者側の過失として被告清藤の過失と同視しうべきものと認めるのが相当である。そして、民法六五〇条三項が受任者の無過失を要件としたのは同条が委任者の過失の有無を問わない無過失責任を定めたものであることから公平上受任者の無過失を要件としているものと解され、委任者の過失によつて受任者が損害を受けた場合には受任者に過失があつても賠償額にこれを斟酌することは格別なお同条の適用があるものと解するのが相当であり、したがつて、被告清藤は原告繁徳が本件事故によつて蒙つた損害を賠償する義務がある。

三  原告繁徳の損害

1  喪失利益

〔証拠略〕によると、原告繁徳は本件事故当時有限会社坂田建設に熔接見習工として勤務していたが、昭和四七年四月一日以降熟練工として日給三、三〇〇円の支給を受けることになつていたこと、同原告の事故前三ケ月間の平均稼働日数は一ケ月二二日であり、したがつて本件事故がなければ、右同日以降平均月収七二、六〇〇円の収益を受けえたことが認められる。(本件事故時である昭和四七年三月二三日当時同原告は前示のように欠勤しており、喪失利益の算定については同年四月一日以降のものを算定すれば充分であり、同日以降日給三、三〇〇円を約束されていたことは右認定のとおりであつて、右月収額を基準とすることができない理由はない。)

ところで、〔証拠略〕によれば、同原告は本件後遺症にかかわらず、将来職業訓練を受けて稼働する意思を有し又その能力があるものと認められるから、原告ら主張の如く同原告が一生にわたり労働能力零とするのは不当である。そして、同原告が当公判廷で供述した昭和五〇年二月一八日当時未だ訓練所に入所しえない状態にあつたこと及び前示受傷、後遺症の程度を考慮し、同原告の労働能力の喪失率は、昭和四七年四月一日以降八年間一〇〇%、その後の五年間八〇%、その後の五年間五〇%、その後の五年間二〇%と認めるのが相当である。しかして、ホフマン方式によつて中間利息を控除し、同原告の労働能力喪失による逸失利益の現価を求めると、金九六三万円(一万円未満切すて)となる。

(計算式(72,600円×12)(6.5886+0.8×3.2325+0.5×2.7821+0.2×2.4419)

2  慰藉料

同原告の受傷及び後遺症による精神的苦痛を慰藉するには金四七三万円を要すると認めるのが相当である。(なお、自賠保険による保険金の支払は後に控除するので、同原告の慰藉料請求は二重の請求となるとする被告清孝の主張は当らない。)

3  治療費等

〔証拠略〕によれば、同原告が本件受傷の治療費等として病院に支払つた額は合計金六八〇、五三七円と認められる。

4  付添料

〔証拠略〕によれば同原告は入院五九日間付添看護を要したことが認められ、一日につき一、二〇〇円の割合、合計七〇、八〇〇円を請求する同原告の主張は正当である。

5  雑費

同原告が四七五日間入院治療を受けたことは前認定のとおりであり、一日につき三〇〇円の割合、合計金一四二、五〇〇円の入院雑費を要したことは容易に推認できる。

6  弁護士費用

同原告が本件訴訟の提起、追行を弁護士庄野孝利に委任したことは記録上明らかであり、相当の報酬を支払うであろうことが推認できるが、そのうち本件事故と相当因果関係にある損害は後記認容額の約一割に当る金四五万円をもつて相当とする。

四  原告政喜、同好江の損害

右原告らが原告繁徳の両親であることは弁論の全趣旨から明らかであり、同原告らが本件事故による原告繁徳の受傷及び失明という後遺症により精神的苦痛を蒙つたことは疑いなく、これを慰藉するには各自金二〇万円を要するものと認めるのが相当である。

五  過失相殺

〔証拠略〕によれば、同原告は被告清孝が無免許であることを知りながら同被告運転の車両に同乗したことが認められるところ、本件事故は同被告の未熟運転がその原因となつており、運転技術の未熟を知りながら同乗した同原告の過失は損害額算定につき斟酌されるべきである。(同被告に対しては民法上の過失相殺であるが、その余の被告らに対しても公平の見地から右と同様に斟酌するのが相当である。)そして、同原告の過失の割合は前示各事情を考慮しこれを一〇%と認めるのが相当である。

なお、被告清孝は好意同乗である点をも斟酌すべきであると主張するが、同被告はその過失によつて原告に損害を蒙らしめた者であり、本件はいわゆる好意同乗の理論を適用すべき事例に当らないこと明らかであつて右主張は採用できない。

そうすると、原告繁徳の損害(弁護士費用を除く)からその一割を減ずると金一三、七二八、四五三円となり、原告政喜、同好江の損害につき同様に一割を減ずれば各自金一八万円となる。

六  損害の填補

原告繁徳が自賠保険金を合計金九三八万円受領したことは当事者間に争いがなく、同原告の損害額から右金員を控除すべきである。

七  結論

以上のとおりであつて、原告繁徳は被告清藤に対し前記損害のうち弁護士費用を除いた金四、三四八、四五三円を、その余の被告らに対し各自四、七九八、四五三円並びに右各金員に対する事故発生の日である昭和四七年三月二三日から完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を、原告政喜、同好江は被告清藤を除くその余の被告ら各自に対しそれぞれ金一八万円宛並びにこれに対する右と同じ遅延損害金を請求する権利があり、原告らの本訴請求は右の限度で理由があるからこれを認容し、その余は棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言について同法一九六条一項を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 河村直樹)

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